labyrinthus imaginationis

想像力ノ迷宮ヘヨウコソ…。池田真治のブログです。日々の研究のよどみ、そこに浮かぶ泡沫を垂れ流し。

『最新 心理学事典』「空間知覚」の項

帰省前に資料をコピーしたり取り寄せた図書を返却する。図書館に、最近出た『最新 心理学事典』というのが置いてあったので、パラパラ見ていた。

最新 心理学事典

最新 心理学事典

とりわけ「空間知覚」の項が気になった。

ヒトが空間を把握するために必要とされる感覚モダリティは、視覚・聴覚・触覚の情報である。単一モダリティはそれぞれ、視空間・聴空間・触空間。通常は、複数のモダリティが統一的にはたらいて、整合的な単一の空間表現がなされる。

これらのモダリティはexternal cueだが、「知覚される空間表現の中に校正された自己の身体像body imageの向きや移動方向を知るために用いられる」internal cueというもあるようだ。運動指令、自己受容感覚、前庭器官の情報がそれであるとされる。

空間における位置の知覚に関しては、網膜中心座標系が関わっている。心理学の進歩は早く、哲学史など相手にされていないかと思ったが、ロッツェの局所徴験Lokalzeichenの概念が出て来て、驚いた。それは、「網膜上の各点を担当する各々の生体メカニズムが、その位置を現すなんらかの特質をも運んでいる」というもの。現代では、神経連絡がこれを担っているとされる。しかし、位置表現をめぐっては、まだ推量の域を出ていないようだ。対象の位置把握は、網膜中心座標系の受容野だけでなく、眼球運動も関わっているので、両者を調整した、眼球の運動を捨象した空間表現をするシステムがあることになる。そこでは、網膜中心座標系から頭部中心の座標系へと変換されるようである。ここからさらに頭部の向きが捨象された体幹中心の、自己中心座標系がある。空間知覚は、網膜中心にせよ頭部中心にせよ体幹中心にせよ、広義にはどれも自己中心座標系である。他方で、静止観測点を中心とした参照枠を、環境中心座標系(他者中心座標系)と呼ぶ。

自分がどこにいて、どこに向かっているかを認識するには、先のexternal cueもinternal cueも用いる。ヒトは(視覚・触覚・聴覚・嗅覚にとって)環境中の目立った標識であるランドマークを参照した空間定位にすぐれているようである。

視空間や聴空間に関しては記事があったが、触空間tactile space (tactual space)についてはない。心理学ではもうあまり注目されていないのだろうか。哲学史をやっているものとしてはバークリ『視覚新論』の距離概念の把握における、視覚に対する触覚の優位の議論があるし、一人学生がそれに関わる問題について卒論を書いているので、気になるところである。

視覚新論

視覚新論

触空間について、すでに戸坂潤が「範疇としての空間に就いて」という試論において触れていた。同じ時期にDavid KatzがDer Aufbau der Tastwelt (The World of Touch), 1925で触覚世界を大きく論じている。これは2003年に邦訳が出ているようだ。ウィリアム・ジェイムズにも空間の知覚に関する論考がある。

生物の進化史の観点からみても、視覚や聴覚といった遠隔的感覚が登場したのは新しく、触覚や味覚の方が生物にとっての原初的知覚ということのようである。

視空間・触空間そして共通知覚による空間表現の問題は、共通感覚をめぐるアリストテレス以来の伝統と関わり、哲学的にも魅力的である。触空間について、もう少し何か新しくわかっていることがないか、調べてみたい。