labyrinthus imaginationis

想像力ノ迷宮ヘヨウコソ…。池田真治のブログです。日々の研究のよどみ、そこに浮かぶ泡沫を垂れ流し。

美的カテゴリーとしての”kawaii”について。

たまたま調べものをしていたら(もちろん真面目なことで)、フランスのWikipédiaの美的カテゴリーの一覧に、「粋」(iki)や「侘・寂」(wabi-sabi)とともに、なんと「かわいい」(kawaii)が入っていることに気付いた。冷静に考えると、そりゃ入るだろ、「かはゆし」という長い歴史があるのだし、さすがフランスさんもわかっとるねと思いつつ、記事内容を見る。まだ海外ではそれほど美的概念としては認識されていないようだが、"kawaii"の概念は、アニメや漫画に限らず、日本のファッション雑誌なども海外で売られる今日、Wikiではそのようにカテゴライズされるまで浸透してきたということであろう。なんかそうなると、「かわいい」が俄かに格調高く思えてしまうのは、フランス語という言語がもつ文化的力のせいだろうか。フランスでは日本語はどういう印象を持って受けとめられているのか。フランス人じゃないし、わからない。とはいえ、記事の描写は必ずしも最近の実情を正確にはとらえていないようにも思われる(といっても自分がわかる範囲でだが)。たとえば、最近は男性に対しても「かわいい」という表現が多く用いられ、「格好いい」の相対的評価が下がっている印象を受ける。
そこでいつものくせで、もう少し詳しく辞書で調べてみると(この忙しいのに何やってんだか)、フランス語で「かわいい」に該当するのが"mignon"(ミニョン)あるいは"adorable"(アドラブル)とある。"adorable"はどちらかといえば、上品なニュアンスでの「とてもかわいい」を意味する。"mignon"はやはり小さいないし若い女子や子供に対して用いられるようだが、男性名詞としては、"favori"つまり寵児あるいは王様などと少年愛関係にある男児を意味する。"mignon"は、いわゆる「男色」(pédérastie, pédophilie)とかも含意するということである。なお、語源的には、こちらの側面の方が、「小さくてかわいい」という形容詞的意味での"mignon"などよりはるかに歴史が古く、古代ギリシャ時代以来ある。とりあえず、プチ・ロベールに頼ると、12世紀頃、子猫を意味する"minet"の派生語として"mignot"へと転じ、中世15世紀頃には、男性名詞"mignon"にそうした男色的概念が組み込まれた。ルネサンスにおけるギリシャ文化の再発見が関係してそうである。ここら辺は、調べていくといろいろ面白いことがありそうだ(やんないけどね)。分かってきたのは、日本語の「かわいい」もすごいけど、なかなかどうして"mignon"も相当な幅を持っているんじゃないかということだ。ともかく、こうして形容詞としての"mignon"の方にも、男性に対して使われる可能性が多いに秘められていると思うわけだが、果たしてその場合、日本的な「かわいい」の意味になるかは疑問である。日本での「かわいい」は、現在幅広い年齢層に適用されている。対して、フランスでは女性が少年ではない男性に対しても、"mignon"とはたして言うのだろうか。「あのおじさん超mignon〜」みたいな。ここら辺は今のところわからない。一見重なるようで、歴史的・文化的背景を考えるとニュアンスの違いもだいぶありそうだ。日本的に言えば、"mignon"とは「かわいい」とともに「ロリコン」や「ショタコン」という「ペド」をも含意ないし伴立するという感じだろうか。ギリシャだし、もっと格調高そうではあるが。うん、正直わからない。なかなかどうして危険で手ごわい言葉である。迂闊に「かわいい」なんて、もはや言えやしない世の中になった(言い過ぎ)。むろん、"mignon"も"kawaii"も現代日本での「かわいい」とは異なる使用があるだろう。今後、日本の「かわいい」の影響で、"mignon"という用語の使われ方も刻一刻と変わってくるのだろうか。あるいは、"mignon"が「かわいい」を取り込み、さらに独自の意味を生成し復権してゆくのか。とりあえず、「かわいいは正義」という公理とか"kawaee"の概念はまだないようだが、日本もまだまだ油断できない(なんだこれ)。


追記。こんな新書があったんですね。知りませんでした。「かわいい」は21世紀の日本の美学らしいです。そのうち世界の美学になるやならざるや。まだ21世紀は始まったばかりだが…そうなるといいね?!

「かわいい」論 (ちくま新書)

「かわいい」論 (ちくま新書)