labyrinthus imaginationis

想像力ノ迷宮ヘヨウコソ…。池田真治のブログです。日々の研究のよどみ、そこに浮かぶ泡沫を垂れ流し。

村上勝三『知の存在と創造性』読書メモ(2)「コナトゥスからモナドへ」(後半部)

前半部では「コナトゥス」と「無限小」のつながりが指摘された。後半部は、「コナトゥス」から「予定調和」と「モナド」へのつながりが、問題にされる。

1670-71年の「抽象運動論」で、「コナトゥス」は、「調和」harmoniaと結びつけられている。コナトゥスは、その持続が運動であり、作用が直ちに反作用であるという仕方で「無限へと延びている」*1。それが「調和」である。これは抽象的でわかりづらいかもしれないが、ライプニッツが考える例から理解可能である。「私が私を思うとき直ちに私は他を思う」ように、作用が直ちに反作用である。私が思うときに思われることは無限へと延びている。このように、コナトゥスの調和は、ライプニッツにおいて、「作用/反作用」、「思い/広がり」の関係において捉えられている。

1678年、コナトゥスはさらに、快や苦(痛み)などの「知覚(表象)」perceptioと結びつけられる。1714年の『モナドジー』では、「知覚」は、「欲求」と並び、モナドがもつ根本原理である。そして、「知覚」は「表現」でもある。ライプニッツにおいて、われわれの知覚風景そのものが、「宇宙」となる。モナドはそのために、「宇宙の生きた鏡」である。これは、村上の指摘によれば、コナトゥスが無限に延びていて、作用と反作用がともない、全体が予め調和していることと同じである。

コナトゥスと、モナドのもう一つの根本原理である「欲求」とのつながりも、村上は分析している。1679年の文書によれば、「意志は知解することのコナトゥスである」とされ、また、「コナトゥスは作用の始まり」であり、「充足した継起をもつであろう」とされる。「欲求」は、知覚が移り変わるという継起の内的原理であるから、コナトゥスが「欲求」に相当する、という分析もうなずけるものである。

以上は、精神的領域でのコナトゥスの役割であるが、物理学的領域でのコナトゥスの役割はどうであろうか。

これに関して、ライプニッツはコナトゥスを「力」の概念と結びつける。全自然すなわち一切の物体は、コナトゥスを受け取る。その全自然で保存されるのは、デカルト的な運動量ではなくして、コナトゥスである。

次に、コナトゥスは、「実体」の概念とも結びつけられる。実体が実体に間接的に影響する作用の力が、コナトゥスである。この、全自然で調和的に保存されるコナトゥスに基づき、各実体は自らの視点から宇宙を表出する。言い換えれば、コナトゥスは実体であり、力である。

1695年以降のテキストでは、「コナトゥス」と「モナド」、「予定調和」という用語が同時には直接出て来ない。それでも、コナトゥス概念の影響が、多くの作品の参照から伺えることを、村上は論じている。

そこから帰結される、村上の議論と解釈の要点を引用しよう。

「「コナトゥス」という語におけるライプニッツにとって欠かすことのできない要素は「モナド」にすべて縮約されることになるのであろうか。『モナド論』には最早「コナトゥス」という語は見出されない。「モナド」は「単純実体」であり、それから合成されるものは「ある魂ないし集合体un amas ou aggregatum」に他ならない(Monadologie, a. 1 & a. 2)。「モナド」は「自然の真なるアトムである」(Monadologie, a. 3)。このことは「コナトゥス」の構想から継続している。こうして、モナドが分割されない「一つ」であるのではなく、可分性と異なる次元における「一つ」であるということは一貫して保持されていたことになる。」(126頁)

コナトゥスからモナドへ、一貫したライプニッツの考えがある。それは、「単純なものが知識内容を根底で支えている」という観方で、デカルトとも共通する観方である(113頁)。モナドもコナトゥスも、分割という思考領域から離れている、という意味で、分割不可能なものではない(127頁)。これは、初期ライプニッツの「コナトゥス」がもつ「一つ」であるという意味での単純性が、晩年の「モナド」という真に一なるアトムがもつ、「部分を持たない」という意味での単純性に受け継がれている、とする解釈、とみなしうる。

さて、コナトゥスがもつ単純性とモナドがもつ単純性に、一貫したライプニッツの考えがある、とする村上解釈は、ライプニッツの思想形成を考える上で、非常に魅力的だと考える。

しかし、この解釈の妥当性は、ライプニッツの思想形成の観点から、よく考えなければならない。たとえば、この村上解釈に対立する解釈も考えられるからである。ダニエル・ガーバーによって精緻に分析されているように、「モナド」概念そのものは1695年に現れるが、「物体的実体」との関わりで、まだその概念は固定されたものではなく、「単純性」という規準が「真に一なる実体」としてのモナドに恒常的に付け加わるようになったのは、あくまで1700年以降のことである、とする分析である*2

もっとも、ガーバーの分析にも、問題がないわけでもないだろう。「単純性」という用語そのものがモナドと明確に結びつけられていないからといって、ライプニッツモナド概念に単純性を含意していない、と即座に断定するわけにもいかないからである。すでに、実体形相を導入した時点で、分割されたりされなかったりする物理的領域からは、別の領域にあるものとして、ライプニッツは実体性を考えている。

真に一なるものこそが実体であるという考えを、ライプニッツは一貫してもっていたと思われるが、実体の要件として「単純性」の概念が一貫して保たれているか、ということの分析が、(私には)今後の課題となるように思われる。ただ、それは、根気のいる緻密な検討を要するだろう。

まとめよう。デカルトが提示した「思い」と「広がり」の関係をめぐる問題は、ライプニッツへと引き継がれた。ライプニッツは、それを、初期には「コナトゥス」を媒介として行おうとした。中期には「力」や「実体形相」、後期には「予定調和」や「モナド」によって行おうとした。それらには、コナトゥス概念の影響が見て取られるものである。

本論が示したような、「モナド」概念の形成に関して、「コナトゥス」概念への着目は、初期自然哲学から、中期の「個体的実体」の概念、そして後期の「モナド」概念への展開をめぐる謎を解明する上でも、有効なものであろう。

本論はその意味で、50年近くに及ぶ、ライプニッツの思想の壮大な連続性を示唆してくれていよう。しかし、問題となるのは、なぜ「コナトゥス」や「個体的実体」ではなく、「モナド」でなければならなかったのか、ということであろう。「コナトゥスからモナドへ」何が新たに付け加わったのか、これを見ることで、ライプニッツの思想形成がより明らかになるはずである。


関連リンク

*1:この、コナトゥスが、「無限へと延びている」というのが、いったいどういう事態なのか、まだ良く分かっておらず、うまく想像できない箇所であるので、質問したいところである。

*2:Daniel Garber, Leibniz: Body, Substance, Monad. Oxford: Oxford University Press, 2009.