labyrinthus imaginationis

想像力ノ迷宮ヘヨウコソ…。池田真治のブログです。日々の研究のよどみ、そこに浮かぶ泡沫を垂れ流し。

[『ライプニッツーデ・フォルダー往復書簡』(Paul Lodge訳)紹介

少し前ですが、ライプニッツーデ・フォルダー往復書簡が、ポール・ロッジによる新訳で刊行されました。羅英対訳本です。GarberとSleighが編集のYale Leibniz SeriesとしてYale大学出版局から出ています。Yaleはたしか、ライプニッツ研究者のAdams夫妻がいたところですね。Adamsは、ライプニッツ研究者として活躍しただけでなく、大学院における院生の待遇改善など大学運営にも貢献したと聞きます。

書簡の翻訳に関しては、これまで、Loemkerの部分訳がありました。あと、AriewとGarberによる部分訳もあります。そして、工作舎より刊行されている、『ライプニッツ著作集』の第9巻に、佐々木能章先生によって多くの書簡が邦訳されており、まことに画期的な業績だと思います。

これまでの翻訳では、デ・フォルダーからライプニッツへの翻訳はまったく訳されていませんでしたが、今回のロッジ訳には、デ・フォルダーとのあいだで行われた、何らかの哲学的内容を含むすべての往復書簡が含まれています。また、訳者による100ページ近くの解説もついています。

この書簡にはゲルハルト版のテクストがありますが、アカデミー版のテクストはまだ出ていません(ただし、1695-1700年の書簡集の先行版Vorauseditionはすでにインターネットに上がっています)。ロッジ版は、19世紀の規準で作られたゲルハルト版からはかなりの改訂がなされており、現在ではこちらを定本とすべきことは、明らかです。収められているラテン語テクストは、訳者自身がハノーファーにあるオリジナルのマニュスクリプトとそれらの写しを用いてトランスクリプトしたものです。

さて、この本には、ヨハン・ベルヌーイとの往復書簡も、選別されたものが訳されています。
なぜ、ベルヌーイなのか?

ベルヌーイもまたオランダはグローニンゲンにおり、ライデンにいるデ・フォルダーと交流がありました。デ・フォルダーとの書簡のやりとりは、友人であるベルヌーイを介してなされたのです。

デ・フォルダーは、今でこそライプニッツとの書簡を通じてもっともよく知られますが、当時は著名な学者であり、数学・哲学教授でライデン大学の総長でした(wikipediaのドイツ語版が充実)。ホイヘンスから遺稿出版を任されるなど、信頼されていたようです。彼は、哲学や数学のほかに医学などいろいろ学んだようですが、哲学ではスコラのアリストテレス主義から転向し、デカルト研究に多くの時間を捧げたようです。デ・フォルダーは、これまでの伝統的な教育に叛旗を翻し、Franco Burgensdijkの『論理学』を教えていましたが、やがてすぐにデカルトを教えるようになります。

しかし、デカルト教育に対してはアリストテレス主義者からの反発もありました。まず、1674年にアリストテレス主義者のド・フリースが、デカルト的だとして追放されました。そして、1676年、大学でデカルトの重要な学説を教えるのを禁止されてしまいます。これに対しデ・フォルダーらは抗議して共著の抗議パンフレットを書きます。カルテジアンのHeidanusがパンフレットは自分が書いた単著だと主張して追放された後は、大学の保守勢力も弱まり、デカルト主義がふたたび教えられるようになります。

デ・フォルダーは、デカルト主義から次第に距離を置くようになります。また、数学的自然学の今世紀における光輝をホイヘンスニュートンライプニッツに認めます。デカルトが除かれてしまっています。このことが、ライプニッツへと接近することにつながります。ライプニッツの哲学への入門は、「物体はいかにして運動するようになるのか」という根本問題に答える手助けとなる、とデ・フォルダーは考えたのです。

他方で、ベルヌーイとライプニッツの書簡のやりとりは1693年から始まります。大部分は数学についてですが、哲学や数学に関して論じた時期があります。ベルヌーイは、デ・フォルダーを説得できれば、ライプニッツの新哲学をオランダに広めることができると考えたのです。

当初の熱気にもかかわらず、やりとりは不首尾に終わりました。その責任は、デ・フォルダーよりもライプニッツにあるとロッジは分析しています。ライプニッツは、デカルト主義から大分変更されたデ・フォルダーの立場をよく理解しませんでした。もっとも、彼らのやりとりから、ライプニッツの哲学が、デカルト主義ほど広く受け入れられなかった理由もつかめるとしています。

ところで、ロッジさん、日本の方とご結婚されているようです。ご縁でそのうち日本にも、講演などで呼べないものですかね!